今年の銀杏(ぎんなん)は、公園で他の子どもたちが遊びまわっている中、
息子一人だけうつむいて地面を見つめ
採集に余念がなかったそうです。
「臭いから拾わないよ!」と、別の子どもの父親が自分の子どもに
「(うちの息子の)真似して拾うなよ~」というようなニュアンスで
言ってもいたらしい。
(ふん、銀杏の滋味を知らんな!)
四歳の頃に池の鯉を眺めては「たべたい...」とつぶやいていたのが語り草のこの息子、
これは食育の成功というのだろうかなんだろうか。
彼が大人になって自分の幼少期を振り返れば
まるで『ぐりとぐら』の世界に住んでいたかのような錯覚を起こすのではないでしょうか。
その頃には食糧不足がもっと切迫した状況になっているかも知れず、
彼はため息混じりにつぶやくのでしょうか。
小さい頃には食べものがもっともっと手の届く所に転がっていたぞ、なんて。
いやいや、それでも彼の目には食糧だらけの環境くらいは残っていてほしいですね。
杏の木、銀杏の木、
土筆(つくし)の生える草むら、蕗(ふき)の芽吹く木陰・・・・
そうした'食糧'いや、自然を残すのは我々の役目です。




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