元祖「昆布しょうゆ」のカネカメなかむら社長ブログ

一滴の醤油から見える社会、食を中心とした日常の雑感や食育のことを書いていきます。

さて、思い入れの強い『津軽50マイル醤油』(仮称)ですが、

みなさんにも特典です。


例えば、大豆畑・小麦畑を気軽にのぞいてもらえるように

畑にカメラを設置してwebで放映します。

  大豆の可憐な花が咲き

  根本にできたさやがどんどんふくらんで枝豆になり、

  まわりがだんだん枯れて大豆らしくなってくる・・・


また、100%国産の原料を使うので自給率のアップはもちろんのこと

ペットボトル1本分(1000cc)使うと

輸入原料で作られた醤油(市販の醤油の大半が輸入原料で作られています)を同量使うのに

比べてCO2 500㌘の排出を抑えるといわれています。

つまり、いわゆるフードマイレージを削減するので

温暖化防止にも一役買います。


因みに仮名称の『津軽50マイル醤油』の50マイルは

大豆と小麦を供給してくれる畑までの距離です。

50マイルはだいたい80キロ。

これだったら私でも工場からひとっ走りさぼりに行ける。

いや、見に行ける。

大豆の主産地であるアメリカ(シカゴ)から日本までは6,288マイル(10,116㎞)。

中国(上海)だって1,110マイル(1,786㎞)。

目が届くというのは安全なことでもあるのです。


たかが醤油、されど醤油。

できることからやればいい。

(できることしか、できないですもんね!)

夢を形に3

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月30日 02:06

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すぐ目の前、'そっち'の畑の大豆と小麦を

'こっち'の蔵で醤油に仕込む、

とてもシンプルなことです。

このシンプルなことが、残念ながら現在の日本ではあまりなくなってしまいました。

でも、できないわけではありません。

少なくとも百年前は、我々は地場の畑から収穫した豆と小麦で

しょうゆを仕込んでいたはずです。

地産地醤?


いえいえ、地産地消のような理念もまったくないわけではありませんが

もっと原始的?原初的?というか・・・わがままな夢、願いです。

ほんとうに胸を張ってこれが私たちの醤油です!というには

原料となる大豆や小麦も自分がつくりたい。

少なくとも、その成長を見ていたい。


その結果として、地域の農業が活性化するのであればまさに一石二鳥。

農林水産省と経済産業省の推進する農商工等連携事業に認定されたのも

ありがたいことにその辺りが評価されたようです。


そしてこれもそのうちお伝えしたいことですが、

恩師である故高橋力也先生と語り合った「農地サロン」というアイディアにも

いずれつながり実現するのではないかとわくわくしています。

「農地サロン」、気になるでしょ。<つづく>

yume-katachi2.JPG

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月29日 00:24

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しょうゆを一生懸命つくっているうちに、

夢がひとつ生まれました。

シンプルな目標ともいえる夢です。


原料から、つくりたい。

原料も、つくりたい。


思いたったが吉日、勢いまかせに平成16年、無農薬で大豆を作りました。

残念ながらその後紆余曲折、その自社農場はいったんお休みしていますが

今年になって協力してくれる農場が見つかり、

来年には地場である青森県産の大豆と小麦でしょうゆを仕込むことができそうです。


しょうゆ職人が仕込みのない日に、

営業部員がちょっとアースしに、

私も仕事をさぼり(冗談ですよ!)、   「ちょっと畑へいってまいります!」と

いう本当の理想とはまだいきませんが

同じ県内、すぐ見に行ける範囲、

『せば(津軽弁で'イコール'の意)おらほんずの(津軽弁で'われわれの物')』

という拡大解釈をして

夢への大きな一歩ととらえています。


『津軽50マイル醤油』(仮称)と名づけたこの商品に

まだ見ぬ我が子を待つように、わくわくドキドキです。


この『津軽50マイル醤油』が、

この度 農林水産省と経済産業省の推進する農商工等連携事業に認定されました。

自分の夢をかなえると同時に周りにもいいことがあるんだったら、

やりがいももっと出てくるというもんです。<つづく>

yume-katachi1.JPG

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月28日 23:51

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日本に農役を導入するのってどうでしょうか。

家人と飲んでいて、食糧自給率の話からふとそんな話になりました。


いろんな意味で合理的ではありませんか。


たとえば、

18歳から20歳までの2年間、義務として国営の農場で農業に従事する。

(稲作、野菜、果樹、酪農・・・くらいの選択肢があっていい。女子高生が電車の中でケータイで

話してても、『あたしい、第一希望は大根にしたんだけどオ、第ニ希望ブタにするかイモにする

か迷っちゃってえええ...』なんてことだったら、おお、我々のための食糧か!ありがたい!と大

目に見られる気がしませんか)


そうすると、まずそこで農作物が増産される。

当然自給率はアップする。

土地は活用され、農業が活性化する。

国営だから、失敗を恐れずどんどんいろんなことをためしてみればいい。

30代40代或いは50に代なってから就農する人の苦労をよく耳にするけれど、

若い頃に一度経験していれば、その苦労も低減するのではないか。

これから子を生み育てる若い世代が自らの手で食糧を作り出すことによって

大いなる食育となる。


自衛隊よりも予算は格段に低く、けれどこれから起こり得る『食糧戦争』の

確実な防衛策となる。

それと、十代の頃に集団で規則正しい生活をすることって、

意味があると思うのです。

それが軍隊、となってしまうとちょっと違うのですが。

集団で規律を守って生活すると、自分のことは自分でやれるようになるし

人に迷惑をかけるというのがどういうことかわかるようになる。

食糧自給率だけでなく、国の『ただしさ』のようなものにも有効だと思うのですが。

(まったく過激ではないですよ。)

どなたか政治家の方、公約に掲げてくれないかなあ。

兵役より、よほど国益になり、国を護るのに現実的だと思うのですが。

(書き終えてから、気になったので『農役』をネット検索してみました。

同じような意見の方、結構いらっしゃるので嬉しいです。

だとすると、どなたか、本当に公約にしてみてはどうでしょう。

・・・・自分が!とならないのが、私を含めて日本人の主体性のなさ、引っ込み思案でしょう

か・・・。)

農役

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月28日 00:30

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今年の銀杏(ぎんなん)は、公園で他の子どもたちが遊びまわっている中、

息子一人だけうつむいて地面を見つめ

採集に余念がなかったそうです。

「臭いから拾わないよ!」と、別の子どもの父親が自分の子どもに

「(うちの息子の)真似して拾うなよ~」というようなニュアンスで

言ってもいたらしい。

(ふん、銀杏の滋味を知らんな!)

四歳の頃に池の鯉を眺めては「たべたい...」とつぶやいていたのが語り草のこの息子、

これは食育の成功というのだろうかなんだろうか。

彼が大人になって自分の幼少期を振り返れば

まるで『ぐりとぐら』の世界に住んでいたかのような錯覚を起こすのではないでしょうか。

その頃には食糧不足がもっと切迫した状況になっているかも知れず、

彼はため息混じりにつぶやくのでしょうか。

小さい頃には食べものがもっともっと手の届く所に転がっていたぞ、なんて。

いやいや、それでも彼の目には食糧だらけの環境くらいは残っていてほしいですね。

杏の木、銀杏の木、

土筆(つくし)の生える草むら、蕗(ふき)の芽吹く木陰・・・・

そうした'食糧'いや、自然を残すのは我々の役目です。

採取生活2

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月27日 00:16

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小学生の息子が銀杏(ぎんなん)を拾ってきました。

「くさいからひろわないってしゃべってるひといたー!」と無邪気に報告しつつ

「拾うのは楽しいんだけど、洗うのがねー...」なんてわかった風にいいながら

洗面所でザルに入れてゴリゴリ洗っていました。

彼は実にいろんなものを摘んできたり拾ってきたりします。

食べられないものはきりがありませんが、

食べられるものでいうと

春には土筆、ふきのとう、

初夏にはフキに杏。

そして秋にはぎんなん。

土筆はおひたし、ふきのとうは天ぷら、

フキは佃煮や砂糖漬け、杏はジャム。

その度に家人がええーーーーっと面倒くさそうな顔をしながら処理しています。

その辺の怪しげなキノコも採集してきそうな勢いなので

それだけは固く固く禁じていますが

とにかく食べられるものとわかればなかなか貪欲。

この間はトチの実を拾ってきて「トチ餅つくって」とリクエスト、

調べると数日間も灰汁抜きをしなければならないなど、かなりの手間で

家人がさすがに音を上げて勘弁してもらっていました。

そういえば鬼灯(ほおずき)も拾ってきては

「これ食べれないの?」としつこく聞いて

食べられる種類じゃないといわれても

未練がましく「食べてみたいなー」と繰り返し、無視されていました。

食育上、われわれ親はあまり露骨には面倒くさがらないように心がけているのですが。

採取生活1

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月26日 23:59

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庭に枝豆を植えるのは、枝豆の栽培がラクだといわれたからです。

醤油屋は醤油作りに追われてしまうので(いい訳です・・・)、

家庭菜園とはいえ、なかなか手がかけられない。

でも子どもの手前、何か作物を育てて収穫したい。

芽がでて、ふくらんで、花が咲いたら・・・・!という過程と

その後の喜びを体験させたい。

面倒くさいから農薬も撒かなければ、肥料もやらない。

それでも十分においしい豆がちゃんとできる。

すばらしい作物です。(実なりは悪く、味もきっと農家の方の作る方が良いのでしょうが・・・)

とうもろこしやトマト、茄子やパプリカ、ズッキーニ、さつまいも・・・いろいろ

無農薬無肥料を試しましたが(いや、試しましたというのは聞こえが良すぎでした。

その実、ただ穴を掘ってタネや苗を植えたというだけ、後はほったらかし・・・

だとしたら、収穫できないのは当然かも・・・)

無農薬はともかく、無肥料でしっかり食べられるだけの実がなるのは、

やはり枝豆くらいでした...。

 
遊ばせている土がちょっとでもあれば、豆を植えてみてください。

日本の食糧自給率が0.00000000000000000001%くらいはアップするかもしれません。

豆を植えよう

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月26日 00:21

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ちょっと季節外れの話ですが・・・。

借家の小さい庭に、引っ越してきて以来毎年ずっと枝豆を植えています。

醤油屋だから、というわけではありません。

老舗醤油屋の6代目のこだわり:

自分の庭で丹精込めて作った大豆を、津軽の秋の寒風にさらして収穫し

濃口醤油に仕込んで冬の間カメでじっくり寝かせ

初夏には初ガツオで味見してお披露目・・・なんてこと、したいですねえ。

そんなことができたら、かっこいいなあ。

毎年枝豆を植えているのは本当です。

でも、そんなに量はできないので、大豆にする間なく、

枝豆ご飯のおにぎりにして、公園や海や山や美術館の庭で

家族で食べたら終わりです。(これが、とてもウマイ!豆のゆで加減と塩加減がポイントだそうです。ちょっときつめの塩、がいい)

ああ、もう次の夏が恋しいなあ。

(外は雪、なおさらのこと・・・)

枝豆

<つづく>

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月24日 23:55

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昨日に続いて、うちのごはんの話です。

うちの晩ごはんは、へとへとのわたしの帰りをいつも待っていてくれます。

いただきます、と手を合わせ箸を運び出すと、

そうだよ、これだよ、これが食べたかったんだ...とじわじわとしみてくるのです。

そのときの気持ちや身体が求めているものが食べものとともにじんわり。

自慢でものろけでもありません。

みなさんのご家庭でも、きっと同じです。

素材は季節や懐具合や気分によって変わっていくけれど、

基本の味付けは大体決まっていて、

家族の好みや体調にも合わせているからオリジナルもオリジナル、

うちでじゃなければ食べられない夕ごはんなのです。

くたくたでうちに帰りつき、それでも自分が晩ご飯を用意しなくてはいけないという方も多いでしょう。

途中でお惣菜を買って帰ることもあるでしょうし

えーいもう外で食べちゃえという日もあるかもしれません。

でもそういう方も、休日に手づくりの献立を考える時には

きっと家族それぞれの顔、好み、体調が頭をくるくるめぐっていることでしょう。

作り手であるあなたのそうしたエネルギー、つまり思いやりと叡智が、

それを食べる家族に注がれ沁みこみ伝わっていくのです。

ごはん

これから晩ごはんの支度をするという方、

あなたの手から生まれる晩ごはんにはものすごく大きな力があるということを

どうか思い出してくださいね。

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月24日 01:04

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景気の悪い話が続きます。

これでもか、これでもか、と胃の重くなるようなニュースばかり入ってきます。

これを読んでくださる皆さんにも、この不景気が直接影響を及ぼしていたり、

または間接的に影響を及ぼしていたり、

まったく無関係ではないでしょう。

といって、

ニューヨークからあっという間に広がった金融不安、世界大恐慌の懸念、

そんなつかみどころなく圧倒的な力を持つものに対して

自分に何もできるわけがないじゃない!

誰か早く、何とかしてよ!

・・・と、大多数の方が思っているのではないでしょうか。

とにかく、ほんとうに、暗雲たちこめる世界の経済状況です。

でも、うちに帰ると夕ごはんが待っています。

特別な献立でもなく、豪華でもなく、いつものうちの夕ごはんです。

恥ずかしながら食品製造業のくせに、何が食べたいという希望も食欲すらもなくなって

へとへとで帰り着くこともあります。 

今日はちょっとくたびれた


ごはん、ごはん、ごはん。


食べることって、小さなリセットです。

(くれぐれも、やけ食いにはならぬよう!)

<つづく>

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月23日 00:19

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食品偽装が相次いだ年でした。
「食べもの」をなんだと思っているのか。
ほんとうに信じられません。

雨水で肉を解凍したとか(だいぶ前のこと?いや、実はそんなに昔でもないのです。
あまりにもいろいろなことがありすぎて、埋もれかけてしまっていますが
生産者としても消費者としても決して忘れてはいけません)
賞味期限を改ざんしたとか
汚染米を食品用に卸したとか
そうしたものをもし自分が口にしていたら?と思うとぞっとします。
そうか、たぶん自分が口にするのだったら、そうはしなかったのか。
(ますます許せません)
では、もし自分の子どもだったら?
やらないでしょう。
長年の友人だったら?
ご近所の知り合いだったら?
職場の同僚だったら?
学生時代の恩師だったら?
いつも挨拶を交わす感じのいい商店主だったら?
勿論食べさせたくはなかったでしょう。
それでも構わない、というならまさしく極悪人です。

逆に自分の顔がラベルについていたらどうでしょう。
人間の心理として、顔を見せたら、悪いことはできない。
それでも偽装してしまうとしたら、これも超極悪人です。

食品メーカーとしては、もちろん、そんなレベルでは許されない。
お客様の顔が見えなくても、想像します。
どんなお客様が商品を召し上がってくださるのか。
どこに住み、いつ、誰と、召し上がってくださるのか。
召し上がってどう感じてくださるのか。
(まるで芸能人を取材するリポーターですね
でも、ほんとうに、そういうことが気になるのです)
見えない分、ありとあらゆる想像をします。

顔が見えなくても、見せていなくても、
自信のあるものだけをお客様に食べていただきたい。
そんな当たり前のプライドさえもなかった食品メーカーが存在したことを
とても腹立たしく思います。

最近、顔のついた食品がよく見られるようになってきました。
○○さんの作った果物や△△さんの畑の野菜だけでなく、
△○さんの果物のジュース、○△さんの野菜のスープといった加工食品まで。
いいことだと思います。どんどん顔を出して、
顔を出したからにはまずいことはできないぞ、という
謙虚な日本人の良さを出していきましょう。

私がブログを始めたのも、一つにはこうした想いがあるのです。
   『私はこういう人間です。これ以上でも以下でもありません。
    お客様に喜んでいただきたくて、一所懸命商品をつくっています。
    甲斐あってとてもおいしく仕上がりました。
    よろしかったら、ぜひ召し上がってみてください。』
この『これ以上でもこれ以下でもない』中村が
日々醤油をつくっている様子を、ブログの中でお伝えできれば幸いです。 

kaogamieru.jpg

それにしてもタクシーに乗って、とっても笑顔の写真が助手席の背中に貼ってあるのに
運転席の本人が無愛想だと「なんかあったのかな」と
怒るよりも心配になってしまいますね。

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月21日 16:10

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ブログなんていうものを、自分が始めることになるとは
ほんの少し前には『妄想』だにしませんでした。

ブログとはいったい何ぞや。
哲学的に思索をめぐらせることは保留にして、
ひとまずブログというツールを
時に私のメガホン
時に飲み屋のカウンターはたまたご近所の井戸端、と考えて
日々思うことを記してみることにいたしました。

食糧のこと、その先にある命のこと、世界のこと。
食事のこと、そこにある生活のこと、しあわせのこと。
食育のこと、そこに芽生える感覚のこと、希望のこと。
・・・きっと『食』のことばかりになるでしょう。

共感していただければ、とてもうれしい。
賛同し、何かアクションを起こしてもらえれば、とても心強い。
今の『食』をより良い方向へ変えていきたいのです。

ネットという限定された世界であっても、
不特定多数の公に向って意見を発信するのには躊躇があります。
作文不得手な私の意見やことばに、直接的・間接的に不快な思いをされる人がいるのではないだろうか、とか
不勉強で無知な恥をさらすのではないだろうか、とか。

いや、とにかく、思い切ります!
ささやかなアクション、まずは自分から。

| コメント(0) | トラックバック(0) | 2008年11月18日 16:20

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絵とタイトルで選ぶエッセーブログ